音楽会、本番、舞台の上、、、。いろいろなドラマがありますよね。私も今まで様々な演奏会に参加してきましたが、上手くいった時の記憶よりも、むしろハプニングが起こったときのこと、そしてそれを何とか切り抜けたという記憶の方が鮮明に残っています。

そしてそこから学んだ教訓や、こういう時はどうすればよいのか、さらには同じような状況になった時に「大丈夫、あの出来事を切り抜けたんだから大丈夫」と自分に言い聞かせ、ずいぶんと余裕を持って演奏することができるようになりました。
何かハプニングが起こった時、その時大事なのは『起こってしまったことに対する執着を瞬時に無くして次に集中する』ということです。反省や、悔しいと思うことは本番がすんで舞台から降りてから。
ここでは、私が経験したハプニング、そしてそれをどうにか切り抜けたこと、そこから学んだことをお話ししていきたいと思います。

ある年の復活祭の時期にあった教会での演奏会。春とは言え、教会の中は寒いです。バッハの「マタイ受難曲」で私はオーボエとイングリッシュホルンの2番パートを担当しました。この受難曲のオーケストラ、合唱の編成はダブル編成になっています。第1オーケストラと第1コーラス、第2オーケストラと第2コーラスです。以前別の教会でこの受難曲を演奏した時は、オーケストラは教会の真ん中に向かって向かい合わせに座りました。オーボエグループは両端に分かれています。これからお話しする演奏会は教会のスペースの関係から、私たちオーケストラは隣り合わせに、オーボエグループは4人一列に並ぶことになりました。(このことが後で私のピンチを救ってくれることになります)

さて、私の担当するパートはイングリッシュホルンが大活躍で、1番イングリッシュホルンの人と一緒にデュエットのようなアリアも多くありました。とは言え、曲全体がとても長いので、しばらくオーボエを吹いている間はイングリッシュホルンはお休みでそばに置いておく、するとどんどん楽器が冷えていく、持ち替えてすぐにアリアを吹く、というなかなかに忙しく、また楽器の調子にもとても気を遣う必要がある曲です。

とあるアリアの前のレチタティーヴォで2本のイングリッシュホルンの出番が来ました。私の楽器はしばらく吹いていなかったのもあり冷えていました。それだけならよいのですが、上管部分のオクターブホールに水が溜まってしまい、吹いているうちにオクターブキイが上がらなくなり、上の音がことごとく出なくなり、オクターブ下の音が出るだけです。今のレチタティーヴォはそこまで高い音がなかったけど、さて困った、このレチタティーヴォの後はすぐにアリアに移って、とても忙しい曲でオクターブ上の音もたくさん出てくるからこのままキイが上がらないと大変なことになる。

レチタティーヴォが終わるとすぐに次のアリアへ進もうとした指揮者を手を振って静止し、自分の楽器を指差し「タイム!」の合図をします。指揮者も事情が分かったのか、指揮棒をおろして待ちます。私は上管を外し、急いで水取り紙をキイに挟んで溜まった水を吹き飛ばして掃除し、再び楽器を組み立て一音吹きました。ダメです、水が溢れすぎているのか、キイは相変わらず上がりません。指揮者も周りのオーケストラの人たちも固唾を飲んで見つめています。お客さんは何が起こったんだろうとキョロキョロし始めます。

「この楽器では次のアリアは吹けない」と判断した私は、隣に座っていたこのアリアで出番のないオーボエの人のイングリッシュホルンを指差して「これ吹いていい?」と小声で聞きました。彼女は「!!?いいけど、、、冷え切ってるし、メーカーも違うしあなたのと違ってフルオートマチックよ」と言いながら渡してくれます。もう迷っている暇はありません。楽器を受け取り、リードをさして、指揮者を見てうなずき、音出しもしないままアリアは始まりました。その後のことはよく覚えていません(笑)。必死だったことだけを記憶しています。こんなに神経を集中させたことがあったか、というほどです。無事に演奏会が終わって、オーケストラのみんなが私に拍手をしてくれました。隣の人の楽器をひったくってメーカーもメカニックも違うし吹いたこともないけど、アリアを吹き切りました(笑)。

いえ、笑い事だけで終わらせてはいけませんね。この事から学んだのは、『とりあえずイングリッシュホルンのソロが来たら、オクターブキイがちゃんと上がるか心配でしょうがないという状況でソロを吹くのはもうこりごり』なのでベルリンのお店に行ってオクターブキイのバネを強くしてもらいました。少し改造してキイに水が溜まってもバネの力でくっつきにくくなるようにしてもらいました。
吹いていない時は、特に第一オクターブキイの下に、薄い水取り紙を挟むようにしました。楽器ケースにしまっている時も同じです。
演奏中はキイを上げて水が溜まっていないか頻繁に確かめるようにしました。間が開く時はスワブを通して水を拭き取るようにしました。
それ以来、オクターブキイに水が溜まって上がらなくなり困る、ということは起きていません。

いろいろな経験、ハプニングを通じて、人というのは鮮明な記憶としてインプットしてそこから学んでいくものなんですね。まだまだあります、ハプニングの数々。今日はこの辺で。
今夜もありがとうございます。
Viel Spass und Freude am musizieren!音楽に楽しみと喜びを★ (2019年11月20日の記事)